2023年3月から絶賛放映中の映画「シン仮面ライダー」。
その制作の舞台裏に迫ったNHKのドキュメンタリーが大きな話題になりました。
監督の庵野秀明さん自身が幼い頃から憧れてきた「仮面ライダー」を現代にどうよみがえらせるのか。番組は普段は表に出ることのない“第一線のクリエイティブ”な作業に迫りました。
最大の見どころは、“仮面ライダーの基本”のアクションをめぐり庵野監督が激怒するシーン。
放送直後から大きな話題を呼び、SNS上では監督のパワハラなのではないかと論争も起きています。
監督はなぜ激怒したのか。その背景には何があったのか。
詳しくまとめ、レビューします。
気鋭のクリエーター庵野秀明監督 抜群のセンスと実績
庵野秀明さんは、1960年生まれの62才。代表作で放送当時に社会現象にもなった「新世紀エヴァンゲリオン」をはじめ、これまでに多数のアニメを制作し、その能力が世界的にも高い評価を得ている日本を代表するアニメ監督です。
近年は、アニメに留まらず、特撮映画のリメイクをはじめ、実写映画の制作にも意欲的に取り組んでいます。2016年に「ゴジラ」のリメイク版として制作した実写映画「シン・ゴジラ」も大きな評判を呼びました。その脚本や表現手法や構図やカメラワークなどへの強いこだわりも注目されている。
NHKの番組は、その庵野監督が仮面ライダーのリメイク版映画「シン仮面ライダー」の制作に取り組む2年間に密着したドキュメンタリーです。
映画で主役を務めるのは池松壮亮さんや、浜辺美波さん、柄本佑さん、森山未來さん、少しですが斉藤工さんなどが演技を模索する様子を見ることができる貴重な記録となっています。
NHKドキュメンタリー「シン仮面ライダー」の見どころ
①「デザイン」模索する制作チーム
番組最初の見どころは「新たな仮面ライダーをどのような姿にするか」をめぐる模索です。
複数のデザイナーそれぞれが「新たな仮面ライダー」のあるべき姿を咀嚼し、デザインの案に落とし込んでいくところが描かれています。
かつての仮面ライダーをどこまで踏襲するのか、
どうやって「いま」を取り入れるのか、をめぐり
デザイナーたちは悩みを深めます。
出てきた案は、大きく分類すると
かつての仮面ライダーの放つバッタ感を踏襲する案と、
新たにメカニック感を強調して現代風にする案とで分かれました。
デザイナーたちは、ヒントを得ようと会議で庵野監督が描いている
今回の映画の「仮面ライダーイメージ」について尋ねますが、
監督からは「どの案もいい。悩み中としか言えない」と言われてしまいます。
大きな方向性が見えない中で、作業を進めていくしかなく
悶々とするデザイナーたち。
再び開かれた会議で、庵野監督がようやく具体的な考えを示しました。
「原点回帰か、山下ライン(現代風のアレンジ)かのどちらかしかない。
個人的には山下ラインが好きだが、作り物にしたときにハマるのか。
人が仮面をかぶることを考えるとシンプルにした方がいいのではないか」
会議での庵野監督の発言を受け、ようやく、
「初代仮面ライダーを色濃く継承したデザイン」でいくことが決まりました。
②豪華俳優たちの戸惑い
番組では、今回の映画制作のために結集した実力派の俳優たちが、
庵野監督の映画作りや独特のコミュニケーションに戸惑いを隠しきれない様子も記録されています。
その一つが、撮影クランクインの前に、仮面ライダー最大の敵チョウオーグを演じる森山未來さんの呼びかけで、俳優たちが集結して打合せをしたシーン。
「劇画調でやるのか、リアルでやるのかとか、その場で決めるのではなくて
一度すり合わせをしておいた方がいいかな」
そう打合せを呼びかけた意図を語った森山さん。
しかし、みな議論をどう進めていいのか、何をどう決めればいいのかさえ分からず、会議室には微妙な空気が流れます。
「うちら3人だけで決めていいってことじゃないよな」
森山さんがそう呟くと、一番遠くでその様子を眺めていた監督が
ようやく口を開きます。
「僕の方からこうして欲しいは出ません。
自分のイメージを押し付けるのならばアニメの方がいい。
実写でやる場合はその真逆。自分のイメージとはできるだけ離れたものを
撮りたい。最初にイメージを出すことはない。実写映画は役者次第です」
アニメ制作出身で世界的な評価を確立した庵野監督が
発するが故に説得力のある言葉。
俳優たちも、今回の映画が、簡単にはいかないということを突きつけられたようでした。
③並々ならない監督のこだわり
監督の強烈なこだわりも番組の至る所で目を見張るものがありました。
例えば仮面ライダーのデザインが決まり、それを実際に演技で使うお面にしていくために粘土で型を作っていくシーン。肉眼ではわからないほどに、
ミリ単位で面に刻むラインの位置や曲がり具合などの指示を出していました。
こだわりの中でも特に強いのが構図や画角など画づくりに対してです。
番組では物や人の配置、カメラポジションやカメラアングルに至るまで構図に対する並々ならぬこだわりを垣間見ることができます。
また、iPhoneを多用することも庵野監督の大きな特徴のひとつです。
監督自らがiPhoneを手に実際に動画を撮影しながら試行錯誤しているシーンも
何度も出てきます。さまざまなアングルから撮れることがメリットだといいます。
こうした手法を間近で見続けてきた准監督の尾上克郎さんは、
その意図を次のように解説します。
「最初の頃は割とコンテを準備していたが計算してたものから面白いものは
生まれない 実写でやるなら実写でしかできないことをといい出した」
「コンテができた途端にみんなが思考を止めてしまう
“その場で考えればいいじゃないか”と言う方が面白い」
一体何が起きた? ネット騒然の監督“激怒”シーン
ネットを騒がせた庵野監督の激怒は、監督が「仮面ライダーの基本」と考える「アクション」のシーンの撮影中に起きました。
番組では、この映画において仮面ライダーのきほんである「アクション」をどう見せるのかは、撮影当初から庵野監督も含めた製作陣が直面する壁となっていたこが分かります。
その課題に最前線で孤軍奮闘することになったのが、
アクション監督を務めた田淵景也さん。
キャリア20年を超えるこの道の第一人者の1人です。
当初の監督との打ち合わせでは、「過去の仮面ライダーのアクションを踏襲するのではない」という方針が示され、「想像していたよりもアクションを作れそうだ」と期待を膨らませていました。
しかし、入念に準備を重ねて臨んだ撮影がいざ始まってみると、
庵野監督はなかなか納得してくれませんでした。
「圧倒的に創意工夫が足りない」
「ただの段取りにしか見えない」
「頭の中が殺陣でいっぱいになってしまっている」
容赦ないダメ出しからは、監督が一切納得していないことはよく分かるものの、ではどう修正すればいいのかは見えてこない。
ダメ出しがあるたびに持ち帰り、さまざまなプランを提案していくのですが状況は変わりません。
番組では、そんな庵野監督に対して田渕さんもイライラを募らせ、監督抜きの会議を開催。強い不満を訴えるシーンも記録されていました。
監督の”激怒”はそんな日々が続く中、今回の映画のクライマックスシーンの撮影で起きました。
池松さん演じる仮面ライダー1号、柄本さん演じる2号と森山未來さん演じるチョウオーグとの死闘を繰り広げるシーンです。
その撮影前、アクション監督の田渕さんが、俳優も交えて最後の動きの確認を進めていると、
そこに現れたのは不満そうな顔をした庵野監督。すぐさま声を荒げて激怒したのです。
「長い、長すぎます。作戦がない。マスクをとるシーンが一切ないんです!」
マスクをとるのは、この後のシーンからだと田渕さんが言うと、、、。
「いや、頭からいりますよ!!!」
「もう全部アドリブでやって欲しいくらい。段取りなんていらないですよ。」
「(ライダーたちに)一生懸命さが全然見えない。
マスクを外そうとするならいきなり飛びかかって、
こうやってこうやってうわーっとかなると思うんですよ」
「ただの段取りです」
田淵さんが用意していた芝居を、「ただの段取り」だと切り捨て、去っていく庵野監督。
撮影現場にはこれまでにないほどの重苦しい空気が流れます。
庵野監督の理想を実現しようと、何を言われても耐え、必死に制作にあたってきた田渕さん。
しかし、今回ばかりは限界に達していました。
「段取りをやっているので、段取りに見えるのはしょうがない。
それをどう段取りっぽく見えないようにと言うのは、、、
それが作れないなら僕はやめるしかない。それを役者に僕はやらせられない。
ちょっと監督と話してきます」
そう言うと、田渕さんは庵野監督の元へと向かいました。
まだ興奮が完全にはおさまっていない様子の庵野監督がいいます。
「この映画はここまでは”嘘”でもいい。
ここだけは見た人が本当にやっていると思わないと
つながりないと、お客さんと」
「漫画じゃないところが一箇所ないと映画としてはうまくいかない
それはここなの、なぜかというとあの3人が本物だから
あれだけかっこいい3人が泥仕合みたいな見苦しいことをしている
カッコつけていない」
「それでもやっぱり嘘なんだけど でもお客さんがそれを本物かなと錯覚しないと
この映画は失敗する だから激怒した」
「これまでの努力もこれからの努力もぱあになる。
もう今辞めてもいいと思う あのままね ここは要だと思う」
その後、このクライマックスのアクションシーンは池松さん、柄本さん、森山さんの3人だけで考えることになりました。
それぞれがアイディアを出し合い、「リアル」を追求。いい案がいくつか出てきます。
しばらくすると、そこに再び庵野監督もやってきて徐に語り始めます。
「役者のその時の気持ちでやるのがリアル
僕が指示したものは本物ではない
ただの監督がやりたいと思うシチュエーションでしかない。
それを僕は全然臨んでいないの それはただの本当に段取り」
「その時にこの3人がこうなったものが本物
それにお客さんは感動する 僕も感動できる
実写映画の中で本物ができるのは役者だけだと思う
僕がやってる仕事はそれを引き出すだけ
ここは3人に任せたいと思う
僕が作りたいのはそういう映画です」
3人の俳優たちは、監督の言葉を受け止め、具体的な芝居の動きを考えていきます。
その姿は、段取りではなく、本物を目指そうとする気迫が伝わってくるものでした。
俳優たちの気迫あふれる稽古を近くで見ていた庵野監督も迫力を感じたのか、
「今のでいいと思います」と納得の様子。
すると、決裂していた田渕さんも「お手伝いします」と、
俳優らが考えたアクションに対するアドバイスを申し出ることになりました。
そして迎えた本番。庵野監督は「NGの出しようがない」と一発OK。
映画の中でも特に熱量を帯びた特別のシーンとなりました。
田渕さんは番組では映っていなかった、
激怒後の監督とのやりとりを明かしています。
「(激怒された後)何もしないつもりでいたんですけど
もう俺は何もしないぞと、僕らの仲間も台本捨てて帰ろうと
ギリギリの覚悟までみんないっていたと言ってたんで。」
「ただ大どんでん返しを食らった後に謝られちゃって。
その時の監督が本当に目が涙ぐんでいて、直立不動で。
“何言ってんですか監督”と言うと、
“いや、ここはしっかり謝らさせてください”と言われて、
その切実さというか、それを真正面から受け止めてしまったんで
庵野さんに寄り添ってこの作品を終わりまでやるぞと思った」
このやりとり、ぜひドキュメンタリーの中で見たかったという気もしますが、、、これが話題の庵野監督激怒シーンの詳細です。
SNSでの賛否両論 庵野流映画作りはクリエイティブかパワハラか
映画「シン仮面ライダー」制作の舞台裏に迫り、見た人に強烈な印象を残したNHKの番組。
放送後には、庵野監督の制作手法について様々な意見が寄せられることになりました。
ツイッターで目立つのは、庵野監督の手法を強く非難する声です。
「庵野監督はヤベェ人だと知っていたけど想像の斜め上
事前承認を理由なく覆し説明もなく延々とダメ出し
常人ならメンタルが崩壊する こんな人の元では絶対働きたくない」
「一般視聴者がこれを垣間見て庵野節と褒め続けるのは無理がある」
「役者やスタッフを精神的に追い詰めることが“庵野さんらしいな”と
美談になってしまうのは本当に怖い」
一方、パワハラとの指摘を批判する意見も少なくありません。
「庵野さん色々言われているけどパワハラでなく物作りに一番真剣なだけじゃないの
クリエイティブってこうやってブルかるもんだと思うけど」
「庵野さんの肩持つわけじゃないけど あれをパワハラというのは
クリエイティブをわかっていない証拠ではないかと」
「パワハラだと言って騒いでいる人たちがいるようだけどおかしくないか
そういう人たちってクリエイティブな現場を知らないだけでなく
社会に出て働いたことすらないんじゃないの?」
番組放送直後から始まった「パワハラ」論争は、今も続いています。
まとめ
今回は、映画「シン仮面ライダー」の制作舞台裏に迫ったNHKドキュメンタリーで、話題を集めた庵野監督の激怒シーンについて詳しく解説しました。
放送後のパワハラかどうかの論争は、庵野監督の今回の言動や「映画制作」だけにとどまらず、現代における「クリエイティブ」とは何なのかを改めて考えさせられるものでした。
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